裁判上の離婚Ⅲ
離婚訴訟において、判決で離婚が認められる場合には、民法で定められた離婚原因(民法770条各号)が必要です。この離婚原因は、①不貞行為、②悪意の遺棄、③3年以上の生死不明、④強度の精神病、⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由があるかどうかの5種類があります。
前々回は裁判上の離婚原因のうち①不貞行為と②悪意の遺棄について、前回は③3年以上の生死不明と④強度の精神病についてそれぞれ解説してきました。
今回は、⑤その他婚姻を継続し難い重大な事由について解説していこうと思います。
民法
(裁判上の離婚)
第七百七十条 夫婦の一方は、次に掲げる場合に限り、離婚の訴えを提起することができる。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
2 裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。
その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき
「その他婚姻を継続し難い重大な事由」とは、婚姻関係が破綻して婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがないことをいいます。
しかし、どのような事情から婚姻関係が破綻しているかは裁判官の判断次第であり、民法770条1項5号は抽象的離婚原因とも呼ばれています。この事由に関しては、婚姻関係が破綻しているという事実があるのかという認定と、継続し難いかどうかを判断する法的評価という二段階の判断がなされます。
婚姻関係が破綻しているかどうかの判断においては、婚姻中の両当事者の行為や態度、婚姻継続の意思の有無、子の有無や状態、双方の年齢、性格、健康状態、経歴、職業、資産状態等のすべての事情が考慮されます。
婚姻を継続し難い重大な事由の判断において、特徴的な事情としては、次のようなものが挙げられます。なお、これらの事情に加えて別居期間の長さなども考慮したうえで、婚姻を継続し難い重大な事由があるかどうかが判断されます。
ⅰ 暴行・虐待・重大な侮辱(ドメスティックバイオレンス)
配偶者からの暴行・虐待行為は、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される可能性が高いです。暴行の程度が軽微であっても、不貞、賭け事、飲酒癖や暴言等のその他の事情を総合考慮した上で、婚姻を継続し難い重大な事由に当たると判断される場合もあります。
ⅱ 重大な病気・障害
回復の見込みがない強度の精神病だけでなく、脳腫瘍による植物状態、老人性痴呆症、アルツハイマー病、難病、交通事故等による重度の障害があって夫婦関係が破綻したとき、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される場合があります。
ⅲ 宗教活動
夫婦の一方が過度に宗教活動に専念した結果、夫婦関係が破綻したとき、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される場合があります。
信仰・宗教の自由が夫婦間においても尊重すべきであったとしても、宗教活動に多くの時間を割いて家庭生活を省みなくなり、幼い子らに教義を教えたり、鯉のぼり、正月、節分、ひな祭等日本人の習俗的行事を拒否したりしていた事例では、離婚請求者と相手方配偶者との間に夫婦関係がなく、離婚請求者が家でほとんど食事をしない等の状態が続いていること等も踏まえて、婚姻関係が破綻しているとの判断がなされています(名古屋地判昭和63年4月18日判タ682号212頁)。
ⅳ 勤労意欲の欠如・浪費・多額の借金等
配偶者の怠惰な性格、勤労意欲の欠如、生活能力の欠如等についても、夫婦の協力扶助義務違反と考えられるものであり、夫婦の共同生活の維持を困難にさせ、相手方配偶者に対する信頼や愛情を失わせることになるため、婚姻関係を深刻に破綻させる事情となり、婚姻を継続し難い重大な事由に該当する可能性があります。
裁判例では、確たる見通しもなく転々と職をかえ、安易に借財に走り、そのあげく、妻らに借財返済の援助を求めるなど、著しくけじめを欠く生活態度に終始し、妻の健康状態や難病のため心身に痛く打撃を受けていた妻に対するおもいやりを全く欠いた生活態度に終始したこと等を考慮し、離婚請求を認容した事例があります(東京高判昭和59年5月30日判タ532号249貢)。
ⅴ 訴訟の提起等
夫婦関係であっても、独立対等な関係ですから、互いに訴訟の提起や告訴、告発等をすることはできます。
しかし、円満な夫婦関係においては、相手方配偶者の立場を考えて、当事者の話合いで解決することが通常であると考えられるため、一方配偶者が他方配偶者へ法的手段に訴えたことは、婚姻を継続し難い重大な事由を判断するにあたり、考慮の対象となると考えられています。
ⅵ 犯罪行為・服役
犯罪行為や服役の事実のみを理由に婚姻を継続し難い重大な事由に該当するというのは難しいですが、犯罪行為の内容、刑務所で服役する期間、家族の生活状況等の事情を考慮して、婚姻を継続し難い重大な事由に該当するという判断がなされる場合はあります。
裁判例において、相手方配偶者は平成14年3月ころから覚醒剤を使用するようになり、同年8月ころには覚醒剤による錯乱状態がひどくなったため、離婚請求者は子らを連れて別居した後、相手方配偶者は、平成15年1月31日に覚せい剤取締法違反の罪で懲役2年、保護観察付執行猶予5年の判決の言渡しを受けたにもかかわらず、それからわずか2か月足らずの同年3月26日ころ再び覚醒剤を使用し、これについて同年6月12日東京地方裁判所において懲役2年の実刑判決の言渡しを受けたという事実関係において、相手方配偶者も離婚はやむを得ないという気持ちであったという事案につき、婚姻を継続し難い重大な事由があるとの判断がなされている(東京地判平成15年11月20日)。
また、別の裁判所の裁判例ですが、被告は、原告との婚姻の約3か月後に、万引きで逮捕され、懲役3年の実刑判決を受け服役しており、逮捕からの別居が相当期間継続することになり、原告がこの服役を受けて離婚の意思を固めたなどの事情を総合し、離婚請求を認容した事例もあります(福岡家判平成28年1月29日)。
ⅶ 性交不能、性的異常等
婚姻生活上性交渉も重要な構成要素であることから、性交不能、継続的な性交渉の拒否又は一方の性的異常は、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される場合があります。
夫婦間の性交渉は入籍後約5ヶ月内に2、3回程度と極端に少なく、全く性交渉がない状態であるのに、夫自身はポルノビデオを見て自慰行為をしており、一旦は改善を約束しながら依然として改めていないこと、妻は、婚姻生活を継続する意思が全くないこと等の事情も考慮して、婚姻関係が破綻していると判断した裁判例もあります(福岡高判平成5年3月18日)。
他の裁判例では、ポルノ雑誌に異常な関心を示し始め、ポルノ雑誌を買いあさっては一人で部屋に閉じこもり、ポルノ雑誌を見ながら自慰行為に耽り、妻との性交渉を拒否するようになっただけでなく、妻が正常な性生活をするよう何度も哀願したが、被告はこれを改めず、遂には原告と同室で寝ることすら拒否するようになったこと等の事情を一考慮要素として考慮し、婚姻関係が破綻していると判示したものもあります(浦和地判昭和60年9月10日)。
ⅷ 親族との不和
配偶者と親族との不和自体が婚姻関係破綻の原因とはなりませんが、婚姻の継続が不可能となった場合には、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると考えられています。
離婚請求を認容したものとして、①妻と夫の両親の不和が原因で妻から離婚請求をしたところ、家庭内のことには全く無関心で妻と夫の両親との度重なる不和にもかかわらず、一度も積極的に家庭内の不和の原因を解消し、円満を取り戻すよう努力したことはなく、婚姻関係を維持するための誠意を示さないことから、妻との婚姻関係を維持する意思は全くないことが認められることを理由に、婚姻を継続し難い重大な事由があるとした裁判例(名古屋地岡崎支判昭和43年1月29日判時515号74貢)や②同居の妻の両親から受けた不当な評価や平素からの侮蔑軽視の言動を伴う冷遇と妻のこれに対する無関心を理由として、婚姻を継続し難い重大な事由があるとした裁判例があります(山形地判昭和45年11月10日判時615号63貢)。
一方で、離婚請求を棄却したものとして、小姑との反目等により妻が別居した夫婦につき、夫婦間に固有の紛争があったわけではなく、妻が別居した後も妻は離婚を望まず良好な婚姻関係を取り戻すための努力をしたいと決意していることや夫婦間の子も両親の離婚に反対していること、妻と小姑との関係に多少の改善がうかがえないでもないこと等を考慮し、婚姻関係が完全に破綻したとは言えないとして、夫からの離婚請求が認められなかった裁判例もあります(東京高判昭和60年12月24日判時1182号82貢)。
ⅸ 性格の不一致等
性格の不一致があることだけで婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される可能性は低いです。夫婦の性格や考え方が異なっていたとしても、夫婦双方の話合い等によって円満な夫婦関係の修復が可能である場合があるからです。
しかし、性格の不一致が原因で婚姻関係が回復不能なほどに破綻した場合は、婚姻を継続し難い重大な事由に該当すると判断される可能性があります。性格の不一致を主張する場合、これまで説明しました破綻原因とともに複合的に主張されることが多いです。
性格の不一致等に関連する裁判例としては、横浜地方裁判所が「各人の行動にとりたてて非難されるべきものが原因としてあつたわけではなく、つまるところ原・被告間の精神的不協和がその重要な原因をなしているものと認められるのである。前記認定の事実によれば、それは、原告の被告に対する絶望感ないし愛情喪失にあること、更にその由来するところは、夫婦ないし結婚生活に対する双方の考え方の懸隔(性格の不適合)ともいうべきものであり、これを克服して感情の交流をはかり得る相互理解がついに得られなかつたこと、原告の活発な気性に対して、被告のそれは真面目ではあるが、やや柔軟さを欠き、感受性の強い原告に対して度量のある対応をとり得なかつたこと、被告指摘の原告の前記各行動は被告に対する加害的意思に基づくものではなく、むしろ被告に対する前記感情に根ざした逃避的意思に基づくものであつたことが認められるのである。」と判示し、精神的不協和を婚姻関係が破綻した原因と指摘し、民法770条1項5号を根拠に離婚請求を認めた裁判例があります(横浜地判昭和59年7月30日判時1141号114貢)。
まとめ
「その他婚姻を継続し難い重大な事由」は、抽象的離婚事由とされており、具体的にどのような事情から婚姻関係の破綻を認定するかは最終的には裁判官の判断となります。一般の社会通念から大きく外れるような判断を裁判官がすることは基本的にありませんが、婚姻関係が破綻しているかどうか、婚姻を継続し難い重大な事由があるかどうかを第三者の視点からは判断しにくい場合もあります。
民法770条1項5号該当性を争う場合には、婚姻中の様々な事実を整理して、婚姻関係が破綻しているのかどうか、婚姻を継続し難いものであるかどうかを説得的に主張していく必要があります。そのため、離婚訴訟に精通した弁護士に相談・依頼することは非常に重要です。
もし離婚についてお悩みの方がいらっしゃいましたら、ぜひ新宿清水法律事務所へご相談ください。